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巡見inみなかみ町 その4

さて、巡見最後の

県指定史跡名胡桃(なぐるみ)城址

天正年間(16世紀)、

上野(こうずけ)に勢力を伸ばしてきた真田昌幸

名胡桃氏の館を攻略し、北条方の沼田城を奪取する際の

前線基地として築城

 

平成27年に整備されています

 

般若郭が駐車場になっているので、そこに車を停め

説明をお願いしている渋谷 浩先生と

名胡桃城址案内所で待ち合わせて、いざ!

(渋谷先生も懇話会当初からのメンバーです)

 

本郭中央に建立された「名胡桃城址之碑

揮毫は徳富蘇峰、小説家徳富蘆花の兄

 

ささ郭で沼田城址の方を眺めながら

奥の左から二人目が、世話人代表石原 征明先生

四人目が、渋谷先生

 

無事に巡見が終わり、昼食をいただいて解散!

また、来年会いましょう

 

さあ、今日のお楽しみは、あとひとつgirl


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巡見inみなかみ町 その3

国指定遺跡矢瀬(やぜ)遺跡から徒歩約10分、

といってもこの暑さ、車に乗って来た月夜野郷土歴史資料館

 

玄関には、プランターでしょうか?

 月夜野ガラスみたいです

キレイなグリーンですよね

 

大形甕について説明する世話人の一人の藤井さん

キャプションには、

 南北朝〜室町時代(14世紀後半〜15世紀中頃)

 愛知県で生産された常滑の大甕と呼ばれる製品

 ほぼ完成品であり、学術上貴重なものである

下の写真には、

 昭和7年古馬牧小学校校庭拡張工事の折

 土中より発見された甕中に古銭が数百枚あった

と書かれています

 

矢瀬遺跡の出土遺物展示コーナーです

   耳飾り

  

   土偶

   浅鉢形土器(あさはちがたどき) 縄文時代前期

ガラスケース越しですが、リーフ柄のような模様がステキです

   木柱根

矢瀬遺跡から出土した木柱根を剥ぎ取った埋設状況資料

 

そのほか、考古、歴史、民俗の資史料がズラリと並んでいます

   (「奥利根湯けむり街道」HPから)

県指重要文化財 明徳寺の木造聖観音坐像

優美なお姿、拝見できて うれしかったです

 

そして、巡見最後の

県指定史跡名胡桃(なぐるみ)城址に向かいますgirl


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巡見inみなかみ町 その2

月夜野エリアに来ました

 

国指定遺跡矢瀬(やぜ)遺跡は、

道の駅 矢瀬親水公園内にあります

縄文時代後晩期の祭祀的な施設、墓地、

住居群があったそうです

 

道の駅の上の駐車場に車を停めて

四隅袖付炉(よすみそでつきろ)の館

住居後を保存処理してあり、建物の中で見ることができます

残暑が厳しい時期なので、ありがたいです

 

   四隅袖付炉です   (みなかみ町観光協会のHPから)

ホントに文字のとおり!

囲炉裏の四隅に袖のようにがついています

漢字の「目」の字のように石が並べてあります

 

外へ出ると、復元された矢瀬縄文ムラが目に入ってきます

  高床建物

  木柱列水場

  水はいまだに湧き続けているそうです

 

ほかにも住居などが建ててあって、中も見学できました

頭の中でイメージするより、迫力ありますよね

 

この遺跡の出土遺物を展示している、

月夜野郷土歴史資料館に向かいますgirl


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巡見inみなかみ町 その1

2018年8月19日の朝

地域史懇話会巡見(見学会)が始まりました

参加者は21名

まずは、水上エリアからスタート!

 

   水上歴史民俗資料館

 

館内の収蔵品あれこれ

   長持(ながもち 収納具) 元禄時代のものだそうです

底の四隅に木製の車がついています

珍しいですね

 

   これがホントの、原動機付自転車

 

   清水国道開通記念盃

昨日の発表の「清水越えの道筋について」関連の現物資料がありました

 

ほかにも考古から近代現代、民俗まで

ところ狭しと資史料が展示されています

 

それから、敷地内には国指定重要文化財

旧 戸部家住宅があります

川場村から移築されたとか

18世紀初めの農家

中に入ると、

「どま」と上がり框の間に「炉」(囲炉裏)があります

外から帰ってそのまま、上がらずに暖を取れますよね

右手が「かまど」、奥が「ちゃのま」になっています

画像の反対側には、「ふろば」に「うまや」があります

同じ屋根の下!


この後、国指定重要有形民俗文化財

藤原郷の旧雲越(くもこし)仙太郎館

行く予定だったのですが、

国指定遺跡矢瀬遺跡へと変更になりましたgirl


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posted by: more | 歴史 | 16:08 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
第25回群馬地域史懇話会in水上

8月18日(土)〜19日(日)
3年ぶりに宿泊研修会に行ってきました


   公立学校共済やすらぎの宿 去来荘

水上温泉郷のほぼ中央にあります

思えば、第1回目も2回目もここが会場でした

懐かしい!

温泉のお湯もやわらかくて気持ちよかったです

お肌もしっとりいい感じ!

今年の12月で閉館になるって聞いて、とっても残念です

 

窓の下には、利根川が流れtています

水の流れは、画像の下から上へ流れています

研修中にラフティングの声が聞こえていましたよ


今回の出席者は25名
年に1回のお馴染みのメンバーに、
初めて顔を合わせた人たちもともに

研修会の発表、そして懇親会の夜も盛り上がりました♪

 

平成5(1993)年に始まったこの会は、

本年、平成30(2018)年で25回

ホントに四半世紀

 

詳しくは清友庵のブログをどうぞhttp://sadoseiyuan.blog.fc2.com/blog-entry-754.html

 

今までの世話人の方々には大変お世話になりました

ありがとうございました


19日の巡見については、次回にgirl


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posted by: more | 歴史 | 16:05 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
東京 芝の増上寺の管長さんと高崎
東京 芝の増上寺の管長さんは
高崎にゆかりがあるんですって


  増上寺        増上寺のHPから

浄土宗大本山増上寺の一番偉い方、トップですね
いわゆる管長(かんちょう)という役職を、法主(ほっす)というそうです
浄土宗大本山増上寺 第88世法主 八木季生(やぎ きしょう)さん
尊称は、台下(だいか 身分の高い人を敬って言う言葉)

お世話になった(なっている)Nさんから教えていただきました
  「八木季生台下は、高崎藩士 八木弾右衛門・弾助の子孫」

『新編高崎市史 資料編5』を見てみると
あっ!出てます、出てます

 
   ↑八木弾助 安政6年(1859)高崎藩分限帳 新編高崎市史より
  
  「幕末期、八木弾助に3人の息子がいて、
   長男は八木義生、次男は八木義信、三男八木元三郎」
 
    ↑八木元三郎 明治3年(1870)高崎藩職員録
  
  「三男元三郎は慶応頃から、高崎藩飛領の銚子詰だった
   元三郎は30代の若さで没し、困った奥方は幼児を寺院へ預け、
   その子は寺院養子の僧侶となった
   この人が、季生台下の父上です」

このお話は、
Nさんが八木季生台下の息子さんで、
一行院現住職の千暁さんのブログに出てたのを発見して、
千暁さんと連絡をとったそうです

でも残念ながら、今そのブログは
HPをリニューアルしたせいか存在していません

  一行院           一行院のHPから

季生台下は、昭和4年東京生まれ
文京区一行院の住職を務め、浄土宗の役職を歴任し
平成20年11月21日から88世法主に就任され、現在にいたってます
        
徳川将軍家とのゆかりの深い増上寺
高崎と思わぬつながりがありましたgirl

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草津町に設置された重監房資料館
第22回群馬地域史懇話会の最後の見学は
重監房資料館です


草津温泉街から車で7分
国立ハンセン病療養所栗生(くりう)楽泉園」の敷地内にあります

ハンセン病をめぐる差別と偏見の解消を目指して
国が設置した資料館です

まずレクチャー室で、ハンセン病や特別病室
(その実態はハンセン病患者の懲罰室)、
についての映像を見てから
主任学芸員の北原誠氏に展示ブースで解説していただきました

ニュースなどで知ってはいたものの
展示をみて、胸がつまりました
見学者全員の言葉がだんだん少なくなり
無言になります
見に行ってよかったと思います

重監房資料館のHPはこちら矢印
http://sjpm.hansen-dis.jp/


その後、草津町前口でおそばの昼食を食べて解散しました

今回も世話人の方々に、文字通り
お世話になり、ありがとうございました
特にFさんにはホント感謝です
また、来年もよろしくお願いします

今回入った草津温泉!
酸性が強いと聞きましたが、
ひじ、ひざ、かかとがツルツルに
天然温泉のピーリング効果でしょうか
うれしかったですgirl
posted by: more | 歴史 | 16:13 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
草津温泉ぶらぶら探検
群馬地域史懇話会の巡見は楽しい!
草津温泉の迷路のような小道も通ります
中沢さんがガイド役ならでは、ですね

温泉のシンボルは、湯畑
湯畑の前にある、源頼朝にゆかりのある御座之湯

右上にチョット見えるのが頼朝宮です
頼朝がこの辺りの石に座ったのかも

左が旧御座之湯の白旗源泉(上記の画像の左側)、
中央奥が現在の御座之湯

湯畑をぐるっとまわると、山本館が見えます

大正時代の建築で木造三階!
今の草津温泉で一番古い建物


湯畑の煙の向うに見えるのは
湯滝の燈籠 文政13年(1830)に寄進されたとのこと
湯樋は木製で、5年に一度取り換えるそうです

八代将軍(吉宗)御汲上の碑
江戸まで温泉の湯を運ばせたとか

信州街道の道しるべもありました

「従是(これより)常布瀧 白根山」
「従是 鬼泉山(現在の西の河原) 氷谷」

左に小さく道しるべ、右に見える道が信州街道
渋峠へと続きます

この道しるべには「寛政十戊午(つちのえうま 1798年)」
とあり、県の文化財に指定されています


旅館大阪屋の文字、趣がありますね
俳人 河東碧梧桐(かわひがし へきごとう)の揮毫ですって
正岡子規の門人で、子規門下の双璧の一人です


歩いている途中にあった温度計 22℃
今10時頃、高崎は25℃くらいでしょうか


ここは地蔵の湯
すぐそばに源泉の小さな湯畑があり、地蔵堂もあります
湯畑の前には小さなお地蔵さんが2体
眼病にいいとか
そういえば、『新編 高崎市史 資料編8』P.450〜452に
嘉永3年(1850)と文久2年(1862)、片岡郡石原村名主 山口太郎平が
眼病治療のため、草津入湯許可願いを出した史料が掲載されています


そして、ここはセント・バルナバ教会
コンウォール・リー頌徳公園の中にあります
イギリスに貴族の娘に生れた
メアリ・ヘレナ・コンウォール・リー女史が
この教会を設立し、ハンセン病患者の救済活動に
一生を捧げたそうです


リーかあさま記念館の開館時間前だったので
教会の中を見学させていただきました


頌徳公園にあるリー女史の顕彰碑


草津町役場です
1階に町立図書館があります
この役場と隣のバスセンター辺りが、
江戸期に光泉寺が管理した無縁寺という寺の跡地だそうです
無縁寺の庭の一角に、草津温泉の湯治で亡くなって
引き取りのない遺体を埋葬しました

ここがその墓地だったところ
墓地は、現在は町営墓地に移転されていますが、
図書館で、誰かが歩いてる音や、本をめくる音など、
ミステリアスな音を聞いた人がいるそうです!?

車をおいた集合場所に戻って
名ガイドの中沢さんとお別れです
前日の発表と合わせて、ディープな巡見になりました
ありがとうございました!

さあ次は、草津温泉から車で移動しますgirl
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光泉寺で見つけたもの
群馬地域史懇話会の研修会2日目は、
草津温泉を歩いて探検しよう!です
案内してくださったのは、昨日の発表者の
草津町立図書館中沢孝之

まずは、日本三大温泉薬師の一つ光泉寺
何といっても、真言宗豊山(ぶざん)派の
このお寺の山号草津山
湯畑を見下ろす高台にあります

もともとは画像の左手の駐車場にあったとか
右の道をまっすぐ行くとお寺へ


正面が薬師堂
このお寺は江戸期に2度も火災に遭ったとか
再建された薬師堂にご本尊の薬師如来がいらっしゃいます


右手が釈迦堂
焼失せずに現存しています
茅葺屋根が雨に濡れてしっとりとした風情


この燈籠は1対ですが、火災に遭った痕が
よくわかります

燈籠には「安永四年(1775)」とありました
何と江戸期の落書きも残っています
墨書ってスゴイ!

「江戸日本橋呉服三郎兵衛」とか書いてありました

燈籠のそばにもあるある!

これは「入浴逝者之塔」明治33年(1900)に建立
湯治していて亡くなった人たちの供養塔です
明治33年は、高崎が市制を施行した年


野島小八郎君之碑」明治43年建立
草津温泉は、温度が熱く、酸性度も強いので、
「時間湯(3分間と時間を決めて入浴)」で
入浴治療をするように指導する
熱の湯湯長を務めた人の顕彰碑ですね
熱の湯は、以前は共同浴場でしたが、
今は湯もみショーなどをしています

そのほかにも、
仏教哲学者で東洋大学の創設者である井上圓了揮毫による
行基開湯壱千弐百年記念之塔
吉野秀雄歌碑などなど、見どころがたくさん!


山門から見ると湯畑がずうっと下に見えます
実際はもっと急な石段ですよ
ここが参道ですね
草津温泉の地形はすり鉢状になっているとか
ホント、歩くとよくわかります
さて次は、石段を下りて湯畑方面へ行きますgirl
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第22回群馬地域史懇話会in草津
8月22日(土)〜23日(日)
恒例の宿泊研修会に行ってきました


   草津温泉グリーンハイツ
もちろん、源泉かけ流し
お湯よし、食事よし、お財布にやさしい価格でよかったです

ロビーには樹木の見本がたくさん
一つ一つ、名前と用途などがわかります
林野庁の保養施設ならでは、ですね

出席者は26名
研修会の発表も
 古代・中世の吾妻北毛地域
 中之条町の鳥追い祭り
 関東御要害と吾妻の関所
 草津温泉の湯治文化
の4本と盛りだくさん

年に1回のお馴染みのメンバーに、
初めて顔を合わせた人たちとの充実した時間
懇親会の夜も更けて


発表資料の文化9年(1812)の上州草津温泉図(複製)
翌23日はこれを見ながら草津温泉を歩きますgirl
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